北京でのオリンピック開催は、2001年7月13日にモスクワで開かれた第112回IOC総会での投票により決定しました。大阪を始め、イスタンブール、パリ、トロントが開催地として名乗りをあげていました。第1回投票では北京、トロント、パリ、イスタンブールが残り、6票しか得られなかった大阪は、残ねながら落選しました。続く第2回投票では、北京が決定に必要な圧倒的多数の票を集めたため、選考が終了、見事オリンピック開催地に決りました。
第2回投票での獲得票数は、北京56票、トロント22票、パリ18票、イスタンブール9票という結果でした。また、パリやトロントの招致提案が技術的により優れているとの声もあがりましたが、サマランチ会長率いるIOCは、商業的観点から、世界一の人口を持つと共に、経済成長が著しい中国でオリンピック開催を実現させることに意欲的であったと言われているため、中国でのオリンピック開催が現実の物となりました。
しかし、脱北者問題やチベット問題をはじめとする、中国における人権問題、また記憶に新しい、2004年サッカーアジアカップにおける中国人のスポーツ観戦に対するマナーの悪さなどが、取り上げられたのも事実で、「中国は、オリンピック開催国にふさわしくない」などの主張の声も上がっています。
一部の国では、ボイコットを主張している市民団体や、チェコのように「チベット問題が解消されなければ、我々は国際社会に対して、北京オリンピックのボイコットの呼びかけを行うと宣言している国もあります。北京オリンピックは、来年に迫りましたが、まだまだ問題もあるようです。なにわともあれ、無事にオリンピック開催を、迎えてほしいと思います。
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